・核燃料の高温物性評価装置の開発

 核燃料酸化物、例えばUO2(二酸化ウラン)の融点は2860 ℃程度であり、従来はタングステン製カプセルに燃料を封入後溶解し、試料の温度変化を昇温・降温過程でモニターしながら、溶融または固化時の熱停留点を求め、融点を決定していた。しかしながら、このような測定には以下の様々な困難を伴う。測定に手間と時間を要する、破壊分析である、容器をはじめとする汚染廃棄物が発生するなど。また、UO2では高精度で融点が求まるものの、PuO2(二酸化プルトニウム)では金属製封入容器との反応が原因で正確な測定ができないといった本質的な問題も生じていた。そこで本テーマでは、レーザー加熱を利用した無容器法による測定手法の開発を行っている。

 この方法は、試料自身が容器になるため汚染物質が混入しない、試料の一部しか溶解しないため廃棄物量が少ない、測定法が簡素かつ測定に要する時間が数10 msと極めて短いなどの利点を有する。しかしながら、測定手法が確立していないため、その精度評価が重要となる。試料の温度測定には高速放射温度計を使っており、放射率も評価する必要がある。現在は積分球や分光器を用いた放射率測定手法の開発も行っている。

・アクチニド酸化物の化学熱力学物性評価

 高速炉・軽水炉におけるMOX燃料(混合酸化物燃料)の化学熱力学的振るまいの評価や加速器駆動型炉におけるアクチニド酸化物燃料の開発は、それら原子炉システムを安全に運転するには必要不可欠である。そこで、UO2-PuO2を基にAm(アメリシウム)やNp(ネプツニウム)を添加した酸化物燃料の系統的な物性評価を日本原子力研究開発機構(JAEA)の協力を得て進めている。具体的には、融点、比熱、熱伝導率、アクチニド元素の拡散係数、酸素ポテンシャルなどを解析・評価している。大学では、UO2やPuO2の代替物質としてCeO2、超ウラン元素の代替物質としてランタニドを使って研究を実施している。

・計算化学によるアクチニド酸化物の物性評価

 アクチニド酸化物は放射性物質であり、実験的にその性質を明らかにするには、放射性物質取り扱い施設などの特別な施設が必要である。しかし、計算化学による評価では、計算機さえあればよく、誰でも、何処でも行うことが可能である。我々は、計算化学の手法として、第一原理計算や分子動力学法を使用している。

 第一原理計算ではVASPやwien2kといったソフトウェアを使って、量子力学を基にした計算手法により電子構造や力学的性質を明らかにする。先進的理論モデルがup-to-dateにソフトウェアに反映されることから、その理論を理解するのは容易ではないが、計算結果に対する精度や物理的な意味づけは日々改善・向上している。ここでは、UO2やPuO2、CeO2を計算対象として、電子構造を評価している。

 分子動力学法は、物質を構成する原子間またはイオン間のポテンシャルエネルギーを定義することができれば、結晶構造の温度・圧力依存性をはじめ、熱力学エネルギー、輸送係数(拡散係数、粘性率、熱伝導率)など、多くの物性値を評価することが可能である。したがって、物理化学的現象の原子論的解釈や実験結果との比較、データの補完に絶大な威力を発揮する。アクチニド酸化物の熱伝導率や融点を中心に評価している。

・UO2-Ln2O3固溶体の物理化学的性質の評価

 現在稼働中の軽水炉タイプの原子炉ではバーナブルポイズンとしてGd(ガドリニウム)を添加したUO2-Gd2O3固溶体が燃料として使われることがある。バーナブルポイズンとは燃焼初期の急激な反応度の増加を抑制するために添加される。一方、固体化学の点からは、Ln2O3(Ln=Gd, Er)を添加することで、酸素の不定比性の増加や不純物添加の効果として、純粋なUO2からの性質の変化、例えば融点の低下や熱伝導率の低下が懸念される。もちろん、このような性能の低下は安全マージンに対して十分小さくなると評価されてはいるが、その物理化学的なメカニズムを明らかにすることは重要である。そこで、Ln2O3添加量と結晶構造、熱伝導率および融点の関係を系統的に評価している。結晶構造の変化はX線回折法だけでなく、放射光によるXAFS測定からも評価している。

・溶融塩原子炉の開発

 溶融塩原子炉は第四世代原子炉の一つであり、その特徴は、燃料と一次冷却材が共通の溶融塩であるということである。主な燃料には、ウランやトリウムといった核分裂性物質をリチウムやベリリウムと混合させたフッ化物や塩化物溶融塩がある。利点としては原子炉の小型化が可能、事故を起こしにくい(溶融塩燃料を炉心から即座に排出可能)、水素爆発の恐れなし等。一方、欠点は、フッ化物や塩化物の化学的毒性・腐食性・反応性が高いことである。

 そこで、溶融塩を含む融体(液体)の物性に対して、計算化学による評価と併せて、新たな実験的評価にも取り組んでいる。その一つが、レーザー誘起表面波法(Laser-induced capillary wave method: LiCW法)である。測定原理は次の通り。レーザー光(YAGやCO2ガスレーザー等)を液体表面で干渉させると、干渉縞に応じて表面波が誘起される。表面波の減衰・振動状態は液体の持つ粘性率や表面張力に依存して変化する。その表面波の運動を別なレーザー光(He-Neガスレーザー)で観測することで、それら液体の性質が明らかになる。現状では、水や標準試料を室温でしか測定できていないが、今後、高温融体へと応用を広げていく予定。

・金属燃料の合成・物性評価

 高速炉の安全性向上に資するために金属燃料(ここではPu-U-Fe合金)を高速炉燃料(MOX燃料)の一部として装荷することを提案している。大学ではPuやU金属の代わりにCe(セリウム)を使った模擬金属燃料をアーク溶解法で合成し、ガス浮遊法を用いて融点および熱膨張率を評価している。また、この金属燃料は事故発生初期に炉心の外へ直ちに排出させたいことから、燃料支持材として高温時に溶融する「可溶栓」を用いることを想定している(金属燃料と可溶栓が一体となった燃料棒を金属燃料デバイスと呼んでいる)。したがって、模擬金属燃料と併せて、可溶栓候補材の選定・合成・物性評価も行っている。

・ガラス固化体の計算化学による物性評価

 分子動力学法を使ってガラス固化体およびセラミック固化体の物性評価を行っている。これらの固化体は廃液または固体廃棄物だけでは固化体とはならず、ガラスフリットを適度に混合させることにより高温で融解させ、固化体として製造される。固化体の性能は製造工程にも依存することから、製造時、すなわち高温融体の物性を評価することは重要である。大学では実規模の製造工程を再現することはできないため、ラボスケールの実験と併せて、計算化学的手法を使って系統的に物性評価を行っている。

・地下環境における放射性物質の化学的振るまいの計算化学による評価

 自由水中および粘土中における放射性物質の振るまいを様々な計算化学的手法を駆使して評価している。放射性廃棄物を安定に地層処分するには、人工バリア材となる粘土鉱物の性能および放射性物質漏洩シナリオに沿った粘土鉱物中の移行挙動を調べることが重要である。また、福島第一原子力発電所事故以降、燃料の直接処分も視野に入れた研究も必要と考えられている。そのため、実験的な研究が優先して広く精力的に行われているが、実験結果を解釈・補完・予測するために、計算化学を使った理論的な研究も必要となっている。

 粘土鉱物としてはモンモリロナイトやイライトを対象とし、水、炭酸イオン、ウラニルイオンを中心に、自由水中および粘土層間水中の拡散挙動、ベーサル面への吸着挙動等をシミュレートしている。計算には主に量子計算コードGaussian09および分子動力学計算コードmxdorto(並列化)を使用している。

・スクラップ燃料の有効利用に向けた再処理法の研究(休止中)

 スクラップ燃料とは燃料工場で発生する製品にならない規格外燃料のことであり、これらの有効利用は資源の有効利用やPu計量管理にとって必要である。MOX燃料工場では、これまで熱硝酸を使ってMOXを溶解、再処理していた。これは、PuO2が硝酸への不溶解性を示すためある。熱硝酸の使用は実験設備へのダメージが大きいなどの問題があった。これを克服する方法として、Pu-Si-O系酸化物の硝酸への易溶性を利用した方法が考案されている。ここでは、JAEAの協力を得て、大学ではPuの代わりにCe(セリウム)を使って実験的研究を行っている。具体的には、組成や熱処理方法を系統的に変化させて珪酸塩化合物を合成し、生成物を同定後、それらの室温における硝酸への溶解性を調べている。

・パイロクロア構造を持つ廃棄体物質の実験的・計算化学的手法を用いた物性評価

 現在原子炉で用いられている燃料は、UO2やPuO2といったリサイクル可能なアクチニドを主成分とする酸化物である。一方、開発段階ではあるが、ワンススルータイプ(使いきり)の燃料として、ZrO2(二酸化ジルコニウム)を主成分としたUを含まないイナートマトリックス燃料(IMF)が研究されている。IMFにはZrO2を基にした蛍石構造を有する燃料や、よりアクチニド元素の添加量を増やすことが可能なパイロクロア構造を持つ燃料が知られている。パイロクロア構造は、蛍石構造とは、二種類の陽イオンが規則的に並ぶ点が違っている。また、化学的安定性、耐照射効果が重要であり、構成元素(組成)との関係がさまざまな観点から調べられている。実験的にPuや超ウラン元素(TRU)を使用できないため、代わりにランタニド元素を使って、結晶構造や弾性的な性質を評価している。さらに、分子動力学法を使って、実験との比較も行っている。

・ジルコニウム合金の酸化機構に関する研究(休止中)

 軽水炉の燃料被覆管にはジルコニウムを主成分とするジルカロイ-2、-4が使用されている。燃料の高燃焼度化にともない、被覆管の健全性をさらに向上させるために、Zr-Nb合金が開発・研究されている。これらの高温酸化・腐食試験を行い、健全性を評価している。また、これら合金の基本的な酸化メカニズムを明らかにするために、酸化膜中に発生する応力を測定したり、酸化膜を模擬した物質を合成し、そのイオン伝導度の測定や組成と相状態の関係を調べている。一方で、分子動力学法を使って、酸素の拡散挙動の原子論的考察も行っている。